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インタビュー

三菱商事の本気の挑戦~素材流通業界にDXで新風を吹き込む~
三菱商事株式会社 新規事業開発本部産業素材DX部

◆三菱商事株式会社 新規事業開発本部産業素材DX部
統括マネージャー 栗本 優
2008年に三菱商事入社、その後2009年から大阪・東京・インドにて鉄鋼製品ビジネスに従事。
2021年より素材流通業界向けのDX事業開発に携わり、在庫最適化サービスM-Stockを立案・推進。

 

◆三菱商事株式会社 新規事業開発本部産業素材DX部
素材DXプロダクトマネージャー 中村 圭佐
2012年に大手Web系企業にソフトウェアエンジニアとして入社。2015年以降、2社のスタートアップ企業でプロダクト開発をリード。2023年に三菱商事に入社し、DXプロジェクトマネジャーを務める。

日本の製造業の危機にデジタルを駆使して本気で立ち向かっている人たちがいる。
三菱商事 マテリアルソリューショングループ 産業素材DX部の栗本氏、中村氏だ。
製造業でもIT企業でもない彼らがなぜ行っているのか、彼らが作り上げたプロダクトにフォーカスしながら迫る。

 

産業素材DX部の産業変革ミッション

そもそも商社は様々なビジネスをしていることはご存じだろうか。
従来の商社は、トレーディングと事業投資を主のビジネスとしていることは周知のとおりである。
上記に加えて、近年、三菱商事では事業の中に更に深く入り、主体的に価値を創造する主体に変わりつつある。川上から川下までのサプライチェーンの中で、長年に渡ってトレーディングや事業投資のビジネスを展開する事で、様々な業界の課題が見えてくる。

マテリアルソリューショングループは、鉄鋼、化学品、建設資材等の多岐にわたる素材産業でビジネスを展開し、そこで見えてきた業界課題、社会課題を解決すべく作られたグループである。
その中でも産業素材DX部はリアルとデジタルの融合により素材流通業界全体の変革に挑む部門として位置づけられている。

「我々は産業構造が複雑で大小様々な企業が存在する素材サプライチェーン対して当事者だけだと解決が難しい課題にアプローチできる稀有な存在になっている。」

と中村氏は自信を覗かせる。

実際に、これまで鉄鋼品質証明書(ミルシート)/電子化サービスのMill-Boxをはじめ複数のサービスを展開しており、業界が抱える様々な非効率・非合理に対してデジタルの力を活用することで、横断的に解決できるような仕組みを着々と整えている。

産業素材DX部が開発・提供しているデジタルサービス一覧

サプライチェーンDXの最前線「M-Stock」の全容

素材/鉄鋼流通業界の在庫最適化を実現するべく彼らが世の中にリリースした画期的なサービスが『M-Stock』である。サービス名のMには、未来(Mirai)、目標(Mokuhyou)、素材(Material)、鉄(Metal)、など様々な意味が込められている。

中村                                                                『日本の鉄鋼業界は、川上である製造を行う鉄鋼メーカー、川中である流通・加工を担う商社や加工業者、川下である需要家(エンドユーザー)の3層構造となっており、本サービスでは主に川中の店売取引にあたる二次卸や加工業者に向けてアプローチをしている。』

鉄鋼製品の取引には、大きく「店売取引」と「紐付取引」の2種類に分かれている。自動車メーカー等の需要家の生産計画に沿って鉄鋼メーカーに鋼材を発注するのが「紐付取引」である一方、特定の需要家に紐つかず川中のプレイヤーが在庫リスクを取って鉄鋼メーカーに発注する取引を「店売取引」という。

特に、店売に関しては、素材/鉄鋼流通業界の複雑な事情を理解する必要がある。

鉄鋼業界全体で見ると、国内における店売の取引量は25%ほどだが、会社数でみると、店売取引を行っている問屋・特約店・加工業者は4,000社ほど存在し、課題を解決するインパクトは非常に大きい。

中村氏によると、M-Stockでは、品目毎に需要変動が異なり、これまで人の経験や勘に基づいて発注量を決めていた業界の慣習に対して、安全在庫理論や需要予測に用いられている20以上の統計モデルを活用し、在庫発注を科学することで過剰在庫や欠品頻度を減らし、PL改善にも寄与しうる、画期的なシステムになっているという。

鉄鋼流通業界における在庫の発注作業は、手元のエクセルで実施するなど、マニュアルの非効率な作業を多く抱えている傾向がある。また、発注量を決めるのは現場のベテラン担当者の経験や勘で行われるケースが多く、予測を外してしまった場合、在庫不足による緊急手配や失注、在庫過剰による廃棄や安価での転売といった課題を抱えている。

M-Stockを導入すれば、発注数量算出に必要なデータは基幹システムから半自動で取り込まれ、事前設定したロジックに基づいて明細毎に発注数量が自動推奨される。推奨値をマニュアルで修正することも可能なため、従来の経験や勘による読みと統計理論をハイブリットで活用することが出来ることも強みの一つである。また一連の作業はクリックのみで完了することができるため、業務の効率化にも繋げることができる。

M-Stockの大きな特徴である発注数量決定ロジックにおいては、安全在庫理論と需要予測が活用されている。安全在庫理論は欠品頻度・発注頻度・発注リードタイム等の要素を加味した上で、何カ月分の在庫を保有すべきかを最適化することが可能である。需要予測については、過去の出荷実績を20以上の統計モデルで分析し、出荷実績のトレンドに最も近しい動きをする統計モデルを採択し、1カ月あたりの在庫の出荷量を予測するものである。

安全在庫理論や搭載されている統計モデルは以前より在庫管理の手法に取り入れられていたものであるが、この2つを掛け合わせて在庫量を管理するという点が、サービスとしての独自性だ。

また、導入後一定期間経過したユーザーにおいても実際に導入効果が確認されてきている。

中村
『サービスローンチ後凡そ1年ほど経過しているが、現状8社14拠点で利用されている。且つ、導入に向けて約150社近い会社と会話をさせて頂いている。また利用中のユーザーからは欠品頻度を抑えながら在庫圧縮を実現したとの声を戴くと同時に、発注業務にかかわる工数7割削減出来たという嬉しい声も届いている。』

彼らの試算によると、業界全体が利用するようになると、約40万トンの過剰在庫圧縮、約30万時間の業務工数削減、在庫最適化に伴う環境負荷低減への貢献と及ぼすインパクトは非常に大きく社会的意義があるものである。

M-Stockのサービス概要

悪戦苦闘したプロジェクトで実現したブレークスルー

M-Stockプロジェクトは当初から順風だったわけではない。

「これまで同様のプロダクトは世の中に存在しない。デジタルサービス開発の経験・スキルが全くない状態からのスタートであったため、パートナー企業探しにも奔走し、企画や開発についての勉強・研究も沢山行った。そもそも最初は協力戴ける店売問屋を探すところからのスタートで、頻繁に足を運んでいた。」と栗本氏は振り返る。

鉄鋼業界(素材業界)のメーカー・流通・需要家と長年にわたり取引を続けてきた三菱商事が、熱いコミュニケーション、ヒアリングを地道にし続けた結果、流通・加工業者の真のニーズの収集に成功してプロジェクトが開始することとなった。

栗本
『地道に足を運ぶと、私が課題だと感じ取ったことが意外にも課題だと思われていなかったり、ニーズを深堀りすると、多種多様な意見が出てきたり想定できていないことはいくつもあった。最初は右往左往していたが、どこに顧客の真の課題があり、我々が解決できるところなのか時間をかけて模索していた。最終的には、ユーザーの現場に入り、具体的な業務の流れも理解させていただいた上で、業界全体のニーズを丁寧に見極めるアプローチを取りサービス化に成功した。』

具体的な一例をあげると、これまでは、基幹システムからダウンロードしたデータを発注管理表ファイルへ手作業で転記していることが明らかになった。これに対しては、手作業で転記するということなしにM-Stockへデータ取込できるようにすることで業務効率化を実現している。

事業化に着手した後に関しても細かな課題がいくつも待ち受けていた。
一例として、DX化することでコアデータの在庫の情報が流出してしまう恐れはないのかとユーザーから懸念の声が上がったのである。これに対しても彼らはしっかりと対策を講じている。

中村
『M-Stockは、ファイアウォール構成でセキュリティの安全性を担保している。産業素材DX部としても2023年9月にISMS認証を取得し、セキュリティ対策を徹底的に行っているため、リリースした今はユーザーにも安心して利用いただいている。』

中村氏はM-Stockが現場に使われない産物とならないよう徐々に慣れていただく仕組みも実装したと説明する。

中村
『今までデジタルに無縁だったお客様の立場からすると、一気に業務内容が変わると混乱してしまう。まずはシステム化して業務が可視化されるだけでも効果は大きく、発注数量に関しては、従来使っていたエクセルのように今までどおり自らで数量決定することもできるようにしており、非常に好評の声が多い。』

栗本氏によると、これまで4年間本気でコミットしてきたことがユーザーからの信頼獲得へ繋がってきているというが何が彼らを突き動かしているのだろうか。

栗本
『川中が抱える課題を放置すると日本の製造業の根幹に関わる大きな問題になると思っている。彼らは纏め生産を志向する川上とジャストインタイムを志向する川下の間でそのギャップを埋める為に在庫機能含めて欠かせない機能を果たしているが、中小企業が多い川中が全て自分達でDXすることは現実的ではない。また従業員の高年齢化も迎えており、働き手を確保してノウハウを伝授することも厳しくなっている。川中を我々が支えることで日本の製造業を持続可能にすると考えると我々が思い悩み立ち止まっているわけにはいかない。』

このプロジェクトが軌道に乗った大きな要因はどこにあるのか。

栗本
『従来から在籍していた業界知見を持ったメンバーに加えて、様々なバックグラウンドを持ったメンバーが加わったチーム構成になった事が非常に大きい。プロジェクト開始当初は、1つ1つ手探りで迷うことが多かったが、現在は新規事業開発経験者やエンジニアなどの専門ノウハウをもった方々が多く集まったチームとなっている。これにより全体プロセス設計を仕組化することができ、今までより最適かつ効率的にプロジェクトを推進できている。』

地道なことの積み重ねでM-Stockが完成したときの喜びはひとしおであったことだろう。

M-Stockの次なる展望

M-Stockという素材流通業界の特性を考慮した在庫最適化ソリューションは確実に業界に浸透し始めている訳だが、今後の構想は何かあるのだろうか。

栗本
『M-Stockの横展開に挑戦していきたい。伸銅品のような鉄以外の素材や紐付きへのアプローチができないか模索すると共に、グローバル市場への展開も視野に入れていきたい。それと同時に、ユーザーの声を大切にしていきながら更に利便性を高める新たなソリューション創出に注力していく。』

彼らの挑戦は終わることなく未来の素材流通業界の創造を、日本の製造業の再興を、見据えていく。