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インタビュー

「実学尊重」を掲げ、東北大学が取り組むスタートアップ支援【前編】
東北大学発スタートアップは199社、IPO企業やユニコーン企業も誕生
東北大学スタートアップ事業化センター

東北大学スタートアップ事業化センターのみなさま
(左から、東北大学産学連携部スタートアップ創出戦略室の前小屋氏、同大学スタートアップ事業化センター企画推進部長・特任教授の石倉氏、特任准教授の庄子氏、特任助教の冨岡氏)

東北大学は建学以来、「研究第一」「門戸開放」「実学尊重」を理念に掲げ、研究成果の社会実装を重視し、大学発スタートアップの創出に力を入れている。東北大学は、世界水準の研究を目指す大学を支援する国の新たな事業「国際卓越研究大学」に手を挙げており、2023年に行われた選考では国内で唯一の認定候補となり、大学発スタートアップ支援の取り組みをさらに強化する計画である。今回は、大学発スタートアップの支援事業に取り組む東北大学スタートアップ事業化センターを取材した。(全2回連載の第1回目)

東北大学スタートアップ事業化センターとは?

東北大学スタートアップ事業化センター(以下、事業化センター)は、東北大学産学連携機構を構成する一組織である。2013年、国による官民イノベーションプログラムに採択された4大学のうちの一つが東北大学であり、その実施組織として「事業イノベーションセンター」を設置、さらに2022年、活動を強化するために組織再編を行い「スタートアップ事業化センター」に改称した。

事業化センターは、金融機関、事業会社、外国大使館、特許庁など、多様なバックグラウンドを持つ13名の専門スタッフで構成される。それぞれの専門的知見を活かし、研究者や学生の起業前の準備段階からスタートアップの事業成長段階まで、シームレスなスタートアップ支援システムを構築・運営している。

事業化センターでは、資金提供はもちろんのこと、事業計画の策定支援、メンタリング、人材マッチング、広報活動など、スタートアップに必要な支援をワンストップで行っている。その中で中心的な活動は、東北大学独自のギャップファンド「ビジネスインキュベーションプログラム(BIP)」であり、研究者などが研究開発型スタートアップを立ち上げるために必要な起業準備資金を提供している。

事業化センターのスタッフ(左から企画推進部長・特任教授の石倉氏、特任准教授の庄子氏、特任助教の冨岡氏)

事業化センターのスタッフ(左から企画推進部長・特任教授の石倉氏、特任准教授の庄子氏、特任助教の冨岡氏)

 

東北大スタートアップ支援3つの柱

東北大学は、大学発スタートアップ支援に最も力を入れている大学の一つである。現時点で東北大学発スタートアップは199社であり、そのうち6社がIPO、2社がM&Aを果たし、さらにユニコーン企業(クリーンプラネット)も誕生した。

事業化センターのスタートアップ支援は、大きく次の3つの柱を軸として進められている。

(1)アントレプレナーシップの育成

東北大学の学生や研究者のアントレプレナーシップ(起業文化や起業家精神)を育成するために、セミナー・イベント(ビジネスアイデアコンテストなど)など多様なプログラムを実施。東北大学独自の取り組みから企業連携によるものまで、さまざまな企画・運営を行っている。

(2)事業性検証を支援

研究内容とビジネスの間のギャップを埋めるために研究成果や技術シーズの事業性検証を支援(ギャップファンド)。起業準備資金の提供に加えてメンタリングなども実施。

大学院生や研究者を対象に、東北大学独自のギャップファンド「ビジネスインキュベーションプログラム(BIP)」(上限500万円)や、東北・新潟の大学・高等専門学校22校で共同運営する「みちのくギャップファンド」(上限200万円~1億円)の二本立てで支援している。

これまでBIPでは累計100件超の支援実績があり、その3割ほどが起業に至っている。

(3)大学発スタートアップへの投資

起業した大学発スタートアップに対して、東北大学子会社のベンチャーキャピタル「東北大学ベンチャーパートナーズ(THVP)」を通じて投資を行い、事業の立ち上げや成長を後押し。2015年に立ち上げた第1号ファンドからは26社、2020年に立ち上げた第2号ファンドからは20社(2024年9月時点、新規投資中)、計46社に投資を行っている。

これら3つの柱による支援プログラムを通じて、大学発スタートアップに対するシームレスかつワンストップの支援を行っている。

青葉山ガレージの書架にはスタートアップ関連の書籍が並ぶ

青葉山ガレージの書架にはスタートアップ関連の書籍が並ぶ

 

伴走型支援で事業化を加速

前章で挙げた3つの柱による支援プログラムを推進するために、起業家支援プロジェクトである東北大学スタートアップガレージの取り組みを展開している。

起業家育成のための拠点整備

起業を目指す者や起業経験者、支援者などが交流できる場を提供している。法人登記が可能でコワーキング機能も備えた青葉山ガレージ(青葉山キャンパス)をはじめ、川内ガレージ(川内キャンパス)、星陵ガレージ(星陵キャンパス)とキャンパス横断的に常設のコミュニティスペースが用意されている。

これらの起業家育成拠点は、交流の場としての機能に加えて、起業の機運を高めるイベントや起業に関する相談や情報提供などが行われており、大学職員・学生・専門人材などが運営に当たっている。

さらに2024年4月には、青葉山キャンパスにコワーキングスペース「青葉山ユニバースA202(エーツーオーツー)」が整備された。大学発スタートアップや企業、研究室がオフィスやレンタルラボに入居している。あわせて施設内に備えられた共創スペースやラウンジなどを活用し、研究機関や金融機関などとも交流・共創できる場となっている。

青葉山ユニバースA202のコワーキングスペース(事業化センター提供)

青葉山ユニバースA202のコワーキングスペース(事業化センター提供)

 

起業関連のイベントやセミナーを実施

東北大学では、NTTの寄附講義「アントレプレナー入門塾」をはじめ、ビジネスアイデアコンテスト、ガレージギャザリング、オンラインコミュニティなど、さまざまなアントレプレナーシップ育成のプログラムを企画・運営している。

2017年度から始まった東北大学ビジネスアイデアコンテストは200人超が参加、2024年度で開催8回目を迎える恒例企画となり、学生による起業のきっかけとなっている。

また、2024年8月にはあずさ監査法人と東北大学、東北大学ベンチャーパートナーズ(THVP)の共催によるセミナーがNTTアーバンネット仙台中央ビルで開催されるなど、学生・研究者や大学発スタートアップと、外部の企業・専門家との産学連携・交流が活発に行われている。

事業化センター企画推進部長の石倉慎也氏は、「学外の方も参加できるオープンなイベントを数多く開催しているので、企業の皆様には是非ご参加いただきたいです」と、外部の企業とのマッチング機会を歓迎する。

事業化センターの石倉慎也氏

事業化センターの石倉慎也氏

 

東北大学独自のベンチャー支援

東北大学では、大学発スタートアップを推進するため、独自のベンチャー創出支援パッケージを展開し、起業やスタートアップを支援している。

学生アクセラファンド

起業を目指す学生を支援するため、学生アクセラファンドを設置し、事業化支援資金を提供。また、資金提供だけではなく専門家によるメンタリングなどのアクセラレーションプログラムも受けられる。

東北大学版EIR

大学発スタートアップの経営者候補人材を確保するためにEIR(Entrepreneur in Residence)制度を実施している。東北大学卒業生などを事業化センターの職員として採用し、いわば「住み込み」の形でスタートアップ支援業務などに携わりつつ、自らも東北大学の研究成果を活用した起業の準備を進めてもらう制度である。

これまでに3人がEIRを経て起業し、現在4人目と5人目が活動中である(2024年9月時点)。

スタートアップ・アルムナイ

東北大学の学生や研究者、卒業生でスタートアップに関連のある人を中心に構成されるコミュニティ「スタートアップ・アルムナイ」が開設された。SNSを活用し、学生、関係者の接点を増やし、相互交流の裾野を広げる取り組みを行っている。

「スタートアップ・アルムナイは、本学のスタートアップ関係者同士をマッチングし、助け合うことを目的としていますが、そうした助け合いの中から、新しいビジネスの機会が生まれてくることを期待しています」(石倉氏)。

東北大「骨太のディープテック」スタートアップ事例

国の政策などの後押しもあり、近年、大学発スタートアップの活動が盛んになっている。2014年度に全国で1,749件だった大学発ベンチャーの数は、2023年度には4,288件となり、10年で2.5倍近くまで増加した。

そんな中、東北大学のスタートアップ支援の特色や強みはどこにあるのだろうか。同大学産学連携部スタートアップ創出戦略室の前小屋治氏は次のように語る。

「東北大学は理系の学生や研究者が多く、そうした分野の研究成果や技術シーズを活用し、社会実装のために起業するスタートアップが多くなっています。また、東北大学としては大企業などとの共創にも熱心に取り組んでいますが、その活動の中で本学発スタートアップと大企業などの協業も目指しています」。

産学連携部スタートアップ創出戦略室の前小屋氏

産学連携部スタートアップ創出戦略室の前小屋氏

東北大学が有する研究成果や技術シーズを、前小屋氏は「骨太のディープテック」と表現する。その言葉が表すように、東北大学発スタートアップは、素材、エレクトロニクス、デバイス、機械、情報通信、ライフサイエンスなどのディープテック分野が多いことが特徴として挙げられる。

そこで、事業化センターのサポートを受けて起業し、社会にインパクトを与えているスタートアップの事例をいくつか紹介したい。

ispace: 民間による月面探査に挑戦

ispaceは、民間企業として日本初の月面探査プログラムに挑戦したことで注目を集める宇宙スタートアップだ。東北大学大学院工学研究科・吉田和哉教授が研究開発したロボティクスローバー技術を活用し、宇宙空間輸送および月面探査情報の提供サービスでビジネス展開を目指している。

月面探査ローバーの技術を持つ吉田教授と、外資系コンサルファーム出身の事業家である袴田武史氏がタッグを組んで共同創業した。ispaceは金融機関や自動車メーカーなど、民間企業と資本業務提携を重ねて事業を進めている。

「ispaceは上場企業であり、日本を代表するディープテック分野のスタートアップの一つです。国内外で有名な企業ですが、ispaceは実は東北大学発スタートアップであることは、もっと皆さんに知っていただきたいところです」(石倉氏)。

エーアイシルク: 導電性繊維でウェアラブルデバイスの未来を拓く

エーアイシルクは、染色技法を用いて繊維に導電性高分子をコーティングする技術を基に、滑らかで肌触りの良い導電性繊維を開発した。シルクだけではなく、ポリエステル、綿、不織布などにもその技術は応用され、その着心地の良さと高精度な生体情報の計測を両立させた本製品は、医療・ヘルスケア分野を中心に注目を集めている。

ElevationSpace:宇宙ビジネスに挑む学生起業

ElevationSpaceは学生起業の一つである。代表の小林稜平氏は、起業した当時、大学院1年目。

無人の小型人工衛星の開発を行うスタートアップであり、人工衛星内で実験や製造などが行える宇宙環境利用・回収プラットフォーム「ELS-R」の開発に取り組む。「誰もが宇宙で生活できる世界を創り、人の未来を豊かにする」というミッションの実現に向け、資金調達を重ねて、開発を加速化させている。

輝翠TECH: 宇宙工学研究から農業の課題解決へ

輝翠TECHも学生起業の一つである。代表のブルーム・タミル氏は、会社設立当時、大学院3年目。東北大学で航空宇宙工学の博士号を取得した宇宙ロボットの専門家である。

タミル氏は東北大学で学んだ月面探査用ロボットの技術を転用し、農業用AIロボットを開発した。高齢化が進む農家の課題解決策の一つとして期待される。

上記企業は東北大学が支援してきたスタートアップの一例に過ぎない。その他にも企業との連携によって研究シーズが社会実装された事例はたくさんある。

石倉氏は言う。「事業化センターのホームページに、本学発スタートアップのインタビューを掲載し、直接コンタクトが取れるようにしています。企業マッチング、資金提供、専門家の紹介など、事業パートナーとして組んでいただけるとありがたいです」。

 

――次回は、大学発スタートアップが抱える課題とそのための支援や、国際卓越研究大学の認定に向けた取り組みなどについて語っていただきます。

 

【参考】

【取材・文】
渡辺 悠樹(麦角社)