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インタビュー

「実学尊重」を掲げ、東北大学が取り組むスタートアップ支援【後編】
東北大のスタートアップ支援を地域展開~国際卓越研究大学の認定を目指して
東北大学スタートアップ事業化センター

東北大学スタートアップ事業化センターのみなさま
(左から、東北大学産学連携部スタートアップ創出戦略室の前小屋氏、同大学スタートアップ事業化センター企画推進部長・特任教授の石倉氏、特任准教授の庄子氏、特任助教の冨岡氏)

大学発スタートアップは、ディープテック・スタートアップが多く、ディープテックの分野ならではの課題を抱えている。東北大学は、その課題に対してさまざまな支援を行っており、さらに、NTTや仙台市など産学官が連携し街全体でスタートアップに取り組む構想や、東北・新潟エリアの大学・高専に横展開する活動など、支援の枠組みを地域に広げて展開している。そして、国の新事業「国際卓越研究大学」の認定に向けて、東北大学はさらなる飛躍を目指している。同大学事業化センターに話を聞いた。(全2回連載の第2回目)

研究シーズとビジネスの「ギャップ」を越えるために

優れた研究成果や技術シーズ、革新的なアイデアであっても、それらを事業化し、社会実装していく道のりは平坦ではない。事業化するまでの間には「魔の川」「死の谷」と呼ばれるさまざまな困難が待ち受けている。

特に大学発スタートアップは、ディープテック・スタートアップが多く、研究開発期間の長さや、事業化に必要な資金規模の大きさなどから、多くのハードルを乗り越える必要があるのだ。

ディープテック・スタートアップ一番の課題は?

東北大学で起業を目指す学生・研究者からの相談があった場合、「まず事業性検証のギャップファンドプログラムの紹介をしています」と、同大学産学連携部スタートアップ創出戦略室の前小屋治氏は言う。ギャップファンドプログラムでは、顧客の課題とそれに対する解決策として成立しているか、ビジネスモデルがしっかり出来ているかといった研究シーズと顧客ニーズの「ギャップ」を検証する。

産学連携部スタートアップ創出戦略室の前小屋氏

「スタートアップの失敗例の、実に40%以上が『ニーズがない』が原因です。そもそもニーズのない製品を作ってしまったという悲劇を避けるために、顧客ヒアリングとプロトタイプの制作から始めていただき、小さな失敗を繰り返し、ピボットしながら起業にたどりついていただきます。ギャップファンドはそうした試行錯誤をしていただくための資金とも言えます」(前小屋氏)。

前小屋氏はもう一つの大きなディープテック・スタートアップの課題に、量産の問題を挙げる。「スタートアップを起こすこと自体はできても、そこから先の量産が課題となります。資金調達をすれば量産は可能か。それとも、どこか大手企業と組んで量産体制を担っていただくか。ディープテック・スタートアップにはさまざまな壁があり、そこはフットワーク軽く動けるIT系スタートアップとの大きな違いだと思います」。

さらに事業化センター企画推進部長の石倉慎也氏が付け加える。「実際にすばらしい研究成果や技術シーズを生かそうと起業をしても、マーケットがなかったという事態は往々にしてあります。ですから、われわれはマーケットイン思考でビジネスに取り組むことの重要性をお伝えし、企業や専門家とのマッチングに力を入れているのです」。

事業化センター企画推進部長の石倉慎也氏

 

企業や専門家をパートナーに

大学発スタートアップに重要な要素の一つが、事業パートナーの存在だ。石倉氏は起業を目指す大学院生や研究者に対し、一人で起業を進めることは望ましくないと助言をするようにしているという。

「基本的には、どなたか事業家の方を連れてきていただき、共同創業するようにお願いしています。また、大学として事業家の方とマッチングできる機会も提供するようにしています。そうした事業家は、大半は学外の経営者や起業経験者ですが、活用する研究シーズの内容にも知見の深い方であれば、尚のこと望ましいです」。

また、前小屋氏は次のように続ける。「ディープテックは他のスタートアップとは違って研究シーズありきでスタートしているので、そもそもニーズがあるかどうかを見極めることが重要です。ところが、研究と経営、両方の能力を持ち合わせている研究者はなかなかいません。研究者の時間も有限です。ですから、研究者は研究に専念し、起業は学外の経営者等とタッグを組んでいただくのが一番だと思います」。

事業化センターが取り組むマッチング事業は、まさにそのタッグを組ませるきっかけを提供する目的もある。

また、事業化やスタートアップに関する専門的知見の提供やメンタリングは、事業化センター職員がその役割を担うこともあれば、外部の専門家やコンサルタントに依頼することもある。

「学生や研究者には、事業化を促進する専門家のアクセラレーターの方々に『壁打ち(個別メンタリング)』をしていただいて、起業の精度を高めていただく取り組みも行っています」(前小屋氏)。

東北に広がる大学発スタートアップの動き

東北大学が取り組むスタートアップ支援は、学内の学生や研究者を対象にしたものばかりではない。他の大学や企業を対象にした取り組みも進められている。

みちのくアカデミア発スタートアップ共創プラットフォーム

東北大学は、いち早く取り組んできたスタートアップ支援の仕組みや経験・ノウハウを、東北・新潟に広域展開させるべく、東北・新潟7県の大学・高専で構成されるコンソーシアム「みちのくアカデミア発スタートアップ共創プラットフォーム(MASP)」を運営している。

2021年から事業性検証のための起業準備資金「みちのくギャップファンド」の共同運営を始め、アントレプレナーシップ人材育成や起業環境の整備、エコシステムの形成などの活動にも取り組む。

当初は9校の参画だったが、2024年現在は22校(国立大8、公立大5、私立大2、高専7)が参画している。

「本学がMASPの主幹校を務めており、みちのくギャップファンドの各種プログラム(起業準備資金の提供、伴走支援のセミナー・イベントなど)をはじめ、さまざまな活動に関わっています。本学が独自に構築・運営してきたシームレスなスタートアップ支援システムの仕組みや経験・ノウハウを、東北・新潟のアカデミアに惜しみなく提供しています」と石倉氏。

MASPの概略図と参画校(事業化センター提供)

「MASPはチャレンジングな取り組みであることは確かです」と前小屋氏。「ステークホルダーが多いのでさまざまな意見があり、調整にも時間がかかります。ただ、本学のみならず、東北・新潟の全域でアントレプレナーシップやスタートアップの機運を盛り上げて、アカデミア発スタートアップを創出していくことには、大いにやりがいを感じています」。

SENDAI STARTUP CAMPUS

2023年6月、東北大学は、仙台市、宮城県、NTTグループなどと連携協定を締結し、仙台の街全体を国際的なスタートアップ・キャンパスとする「SENDAI STARTUP CAMPUS」構想を進めている。産学官協働で地域内に拠点を整備し、地域一体でスタートアップ支援を進めていく計画だ。

スタートアップ拠点には、東北大学3つのスタートアップガレージ(青葉山、川内、星陵)に加え、2024年3月に開業したNTTアーバンネット仙台中央ビルも含まれる。同ビル1階から4階には、学生や研究者だけではなく、起業家やビジネスパーソン、地域の人々など、さまざまなステークホルダーが集う拠点「YUI NOS」が整備されている。

またYUI NOS内に設置された仙台スタートアップスタジオでは、行政、金融機関、ベンチャーキャピタルなどの専門家による起業相談・支援体制も整えられている。

共創研究所

東北大学産学連携機構では、スタートアップに限らず、民間企業が主体的に関われる事業も行っている。企業のR&D(Research and Development)機能を大学に置く「共創研究所」というプロジェクトである。

2021年から始まった共創研究所では、大学内に企業の研究者などが入り、東北大学の肩書きで研究テーマの探索や深化をさせている。その活動の中からスタートアップの創出が生まれる可能性も大きい。

「企業がスピンオフやカーブアウトをするイメージですね」と石倉氏は熱を込めて語る。「2024年9月時点で、共創研究所は31拠点(31企業)あります。その多くは大企業ですが、中にはスタートアップも参画しています。また、すでに共創研究所の中でスタートアップに取り組もうという動きも始まっています。共創研究所は産学連携を推進する取り組みとして、今、本学が最も力を入れている事業の一つです」。

共創研究所の概略図(事業化センター提供)

 

国の新事業「国際卓越研究大学」の認定を目指して

最後に、東北大学のスタートアップ支援の取組について今後の展望を聞いた。

「2023年に行われた国際卓越研究大学の選考において、東北大学が国内で唯一認定候補となりました」と前小屋氏は言う。

国際卓越研究大学は、日本政府による10兆円規模の「大学ファンド」運用益から拠出され助成を活用し、世界トップレベルの研究力を目指す大学を重点的に支援する新たな国の事業だ。その支援は最長25年間。2024年6月、東北大学が認定要件を満たしたことが発表されており、国際卓越研究大学の認定を目指している。

「本学の国際卓越研究大学の申請計画において、産学共創のKPIの一つに、25年目までに1500社のスタートアップを創出するという目標を掲げています(現在は199社)。もちろん数を増やせばいいというものではなく、質も大切です。本学が国際卓越研究大学として認定されれば、スタートアップ支援の取り組みをさらに強化できるので、非常にありがたいことです。私個人としてもこのタイミングでスタートアップ支援に関われることを大変嬉しく思っています」(前小屋氏)。

石倉氏が続ける。「事業化センターでは、学生や研究者の起業やスタートアップ支援に取り組んでいますが、その活動自体がスタートアップ的でもあります。例えば、速く動くことが大事ですし、より良い支援メニューを提供できるように変化に対応することも必要になっています。学内にとどまらず、地域や国からの期待も大きいので、少しでも期待に応えられるように活動していきたいと考えています」。

青葉山ガレージには訪れた人たちによるメッセージが

建学以来、「研究第一」「門戸開放」「実学尊重」を理念に掲げ、研究・教育・社会連携の好循環を実現してきた東北大学。今後、大学発スタートアップ支援の取り組みを強化する計画であり、その好循環の加速が期待される。

さらなる飛躍を目指す東北大学の今後に注目したい。

【参考】

【取材・文】
渡辺 悠樹(麦角社)